アーカイブ

0120-707-355 メールでのお問い合わせはこちら
一般法律相談予約はこちらから
多重債務相談予約はこちらから
取扱業務
法律相談
交通事故
離婚
借金
相続
不動産
売買
賃貸借
請負
会社
労務
刑事問題
よくある質問
リンク集
用語集
あ行
か行
さ行
た行
な行
は行
ま行
や行
ら行
わ行
交通事故専門サイト
離婚専門サイト
中小企業法律相談専門サイト
Twitter
Facebook
google+
山崎法律事務所


〒860-0801
熊本市中央区安政町4番19号
TM10ビル7階
TEL:096-274-1860
FAX:096-274-1861
【営業時間】9:30~17:00

当事務所へのアクセスはこちら>>

山崎法律事務所からのお知らせ
弁護士コラム「ナズナ想」
side_qr.gif


求人募集

HOME > 弁護士コラム「ナズナ想」

弁護士コラム「ナズナ想」

「嘘である。」

裁判で,相手が主張する事実についての対応は3通りあります。
「認める」 相手が主張する事実が存在する。
「否認する」 相手が主張する事実は存在しない。
「不知」 相手が主張する事実が存在するか否かを知らない。
「認める」と対応された主張については,証拠により証明する必要がありません。
裁判所は,その主張通りの事実を認めることができます。
これに対して,「否認する」,「不知」では,主張した者は,その主張した事実について証拠により証明する必要があります。
ところで,最近,新人の弁護士の中で,これと異なる態度をとる者もいます。
「嘘である」です。
風の噂にそのような弁護士がいると聞いたことがありました。
しかし,そのような弁護士に2人も遭遇しました。
確かに,2人の弁護士とも,登録後1年以内の弁護士でした。
ところで,「嘘」というのは,必ずしも客観的な事実と異なるという意味ではありません。
法律的には,「嘘」というのは,その述べている人が,その人が認識している事実と異なる事実を述べることと理解するのが一般的であると考えています。
だからこそ,証人が偽証罪に問われるのは,その証人の認識と異なる事実を,そうであることを分かって証言したときに処罰の対象となりますが,客観的事実と反しただけでは処罰の対象とはなりません。
つまり,「嘘である」は,新たな事実の主張になると思うんです。
よほど,「嘘であることを証明されたし」と主張したいところです。

調停委員

離婚や相続などの手続で家庭裁判所を使うとき,まず調停手続きを行います。
簡易裁判所の手続でも調停手続きがあります。
調停は,裁判のように主張を戦わせ,証拠を提出して,事実を認定する手続ではありません。
調停は,当事者の合意を形成する手続です。
だから,そこで主張を出したり,証拠を出したりするのは,相手方当事者の合意を引き出すために行うものです。
ただ,審判手続に移行することができる調停では,審判官である裁判官が決定をしますので,きちんと主張をして,証拠を提出しておく必要があります。
ところで,調停手続きを主催するのは,調停委員会です。
調停委員会は,裁判官と調停委員から構成されます。
普段の調停は,調停委員が手続きを進めます。
調停委員の中には,裁判官や書記官を経験した方,弁護士である方が含まれることがあります。
しかし,一般的には,法律の専門家でない方です。
調停は,合意を斡旋する場ですので,無理に法律の専門家である必要がないといえます。
ところが,当事者の方はそういう理解でない方が大多数です。
いやしくも裁判所が行う調停のとりまとめをするのだから法律に詳しいに違いないと思っている当事者の方も少なくないように思います。
しかし,私の感覚では,調停委員はそれほど法律に詳しくはないように思います。
過去の調停では,裁判例・審判例と異なる見解を堂々とおっしゃった調停委員もいらっしゃいました。
私たち弁護士であれば,それは裁判所の立場と異なるとすぐに突っ込みを入れることができます。
しかし,弁護士に依頼せずにご自分で手続きを進めている方であれば,調停委員の発言が裁判例や審判例に照らして正しいと思われるのでしょう。
それでも,その調停委員の発言に促されて調停が成立するのであれば,「知らぬが仏」といえるでしょう。


紙についてのお話を3つ。

裁判の記録は,紙に書かれていることが多いです。
ところで,私は,ウルトラブックと呼ばれるスタイルのパソコンを持ち歩いています。
このウルトラブックはハイブリットタイプと呼ばれる,パソコンスタイルにもなるし,タブレットタイプにもなる型です。
私は,裁判の記録を電子データの形式にして,保存しています。
そして,その日の裁判の記録の電子データをこのパソコンに入れて裁判所に行っています。
刑事裁判の弁論のときのように書面を朗読しなければならないときには,タブレットタイプにして朗読しています。
ペーパーレスです。

私は,外に出さない紙については,裏紙を使っています。
これは,ある事件の弁護団会議で,熊本県以外の弁護士が裏紙を使っていたのがスマートに見えたのがきっかけです。
先日,弁護士会の会議で,裏紙に印刷した手控えを持っていたところ,他の弁護士に笑われました。
私の使い方がスマートでなかったのでしょう。
決して,その会議に出席していた弁護士の環境意識が低いのではないと思います。

裁判所から出る紙に,判決書とか,審判書とか,和解調書とか,調停調書とか呼ばれるものがあります。
いずれも,強制執行ができる力を持っている紙です。
その効力は,公正証書を超えます。
その紙はザラ紙を使っています。
紙についての豆知識です。


園児送迎バス第1審判決(続)

さて,この仙台地裁の判決ですが,この裁判では,損害賠償の根拠を安全配慮義務という契約責任に求めています。
損害賠償の根拠としては,この裁判のように契約責任に求める場合と,交通事故などのように不法行為というものに求めるものがあります。
契約責任と不法行為とでは,時効の長さに大きな差がありますが,主張する理屈にも当然違いがあります。
不法行為では,加害者の落ち度を主張して証明する必要があります。
これに対して,契約責任では,債務者が行うべきなのに行わなかった債務の内容を主張して証明する必要があります。
そして,債務者は,債務を行わなかったことに落ち度がなかったことを主張して証明する必要があります。
仙台地裁の裁判では,幼稚園は,送迎バスを出しているのですから,園児を各家庭まで無事に送り届ける債務があったと言えると思います。
よく聞く「帰り着くまでが遠足です。」のような感じです。
それを途中で津波にのみこれまれ手死亡させたのですから,契約責任があるというものです。
確かに,東日本大震災という未曾有の大災害ですので,助かったのが奇跡と言えなくもありません。
しかし,ラジオで大津波警報が出ていることを知って幼稚園に戻った送迎バスは助かっています。
災害情報をきちんと収集して,送迎を待っていれば園児は助かったかもしれません。
また,送迎ルートを高台にするとか,津波がこないところを通っていれば助かったかもしれません。
すると,未曾有の大災害だったから仕方なかったとはいえないとなります。
幼稚園は控訴するのでしょうか。
控訴は,判決が当事者に届いて14日以内に行わなければなりません。
仙台高裁の判断はどうなるのでしょうか。

園児送迎バス第1審判決

仙台地裁が,東日本大震災で発生した津波に巻き込まれて死亡した園児の両親が起こした損害賠償裁判で,幼稚園に1億7,664万円の支払を命じる判決がありました。 
4人で1億7,664万円ですので,1人あたりの金額は4,416万円です。
交通事故で死亡したときの賠償するべき損害は,逸失利益,葬祭費,慰謝料です。
6歳の幼児の逸失利益は,男児であれば,526万7,600円×(1-0.5)×10.1170の計算式で求めることができ,2,664万6,154円となります。
女児であれば,355万9,000円×(1-0.3)×10.1170の計算式で求め,2,520万4,482円となります。
葬祭費は,150万円程度が一般的です。
死亡による慰謝料については,一家の支柱,母親,配偶者という地位にないときには2,000万円から2,200万円となることが多いです。
すると,6歳男児が交通事故に遭ったときに賠償されるべき損害額は5,014万6,154円,6歳女児が交通事故で死亡したときに賠償されるべき損害額は4,870万4,482円になります。
現実の交通事故では,それぞれの事情により,この金額が増減しますが,一つの目安としてはこのようになります。
すると,今日の仙台地裁の判決の金額がびっくりするほどの高額なものではないことはおわかりいただけると思います。
1億7,664万円もの賠償金の支払を認めたと聞くと,とんでもなく高額な賠償を認めたように聞こえますが,交通事故で死亡した案件と比べると,どちらかというと低い金額になります。
ニュースはセンセーショナルに伝える傾向にあります。

マスコミ報道

奈良市が,テレビ報道を根拠に,市職員を減給処分にしたそうです。
奈良市が行った裏付け調査は,報道したテレビ会社に問い合わせ,そのテレビ会社から「内容には自信を持っている。」との回答を得たことくらいです。
こんなことで職員を処分できることに驚きを禁じ得ません。
一面では,テレビ報道に対する信頼の高さを裏付けると言えます。
しかし,私は刑事事件後の囲み取材に応じた際,マスコミにとってのいいとこ取りで,適当に省略されて,発言のニュアンスが変更されて報道された経験があります。
さらには,捜査機関がリークした情報を無批判にそのまま報道していることは一般的にも指摘されていますが,私が担当した刑事事件でもそのような経験をしたことがあります。
マスコミがいい加減な報道をするわけがないと言い切った法曹関係者がいましたが,私はマスコミの報道を無批判に受け入れることに大いなる躊躇を感じてしまいます。
マスコミの報道も,噂話の類いだと思います。
鵜呑みにし過ぎることは考えものです。

喉元を通過しない言葉

喉元まで出てきていて言えない言葉というものがあります。
法律相談を受けているとき,「依頼をすれば良いのに」と思うことがよくあります。
依頼をされれば,よりよい解決ができるかもしれないと思うことがあります。
ただ,そのときの思いは,喉元まで出てきますが,言葉となって出てくることはありません。
私たち弁護士が案件を受けるということは,誤解を恐れずにたとえるならば,先物取引の注文を受けるようなものです。
結果を保障できるものではありません。
有利な結果が出るかもしれませんが,不利な結果に終わるかもしれません。
ご相談をお受けするときに,有利な結果が出るかもと思っていても,それは相談者の方からの情報のみに基づく判断ですので,相手方から出てくる情報によっては,そのときの予想が覆ることは珍しうありません。
ですので,依頼をお受けできれば有利な結果になると思っていても,依頼するようにお誘いすることはしません。

裁判の目的

真実を知りたいので裁判を起こしたい。
そういう方がいらっしゃるかもしれません。
そのような方は,きっと,「大岡越前」であるとか,「遠山の金さん」といった,裁きを下す立場の人が,市井に出て,真相を明らかにする時代劇を好きな方かもしれません。
きっと,お上が真相を明らかにしてくれるに違いない。
そう思われているかもしれません。
現実の裁判は,そうではありません。
請求をする者,刑事裁判であれば検察官が,民事裁判であれば原告が,真実を明らかにしなければなりません。
ご自身が積極的に証明を行うことで真実を明らかにして,ご自身の請求を裁判所に認めてもらうのが裁判です。 
真実を知りたい方は,明らかにするべき真実がなんなのか分からないわけですから,裁判を起こしてはいけないと思います。
それは,目隠しをして走り出すようなものです。
勝ちようがないと思います。


情状証人

情状証人というのは,事実関係に争うがない刑事裁判(自白事件)で,被告人に有利な情状を証言してもらうための証人です。
一般的には,親御さん,配偶者などの身内の人にお願いするのですが,勤務先の人にお願いすることもあります。
ところで,大部分の刑事裁判では,情状証人は,当事者の方が思うほど,判決には影響しないように思います。
少なくとも,被害者がいる事件では,被害弁償は,判決に対する影響を与えることができると思います。
情状証人には,それほどの効果を期待することはできません。
しかし,それでも私は,情状証人になってくれそうな人がいれば情状証人をお願いします。
なぜでしょう。
自白事件では,裁判の争点は量刑のみです。
しかし,それ以上に大切な点があります。
それは,儀式という点です。
自白事件における裁判は,犯罪に陥った人に,けじめをつけさせ,更生に向けての意欲を持ってもらうための儀式だと思います。
そこでは,情状証人が,わざわざ法廷まで出てきてくれることが重要な意味を持ちます。
そのことにより感銘を受ける被告人も少なくありません。
それが,更生に対する意欲を強くさせることがあります。
そのような大切な役割が情状証人にはあります。
そして,そのように情状証人として法廷に出てくれる人がいる被告人は,更生をしやすいように思います。

10年記念大会

昨日は,熱海で行われた司法研修所第56期10年大会に参加してきました。
10年ぶりに見る顔はほとんど変わりがなく,これはまだ若いと理解してください,10年の年月も1瞬で埋めるよう思いでした。
とりあえず,10年間,それなりに頑張ってこれたようです。
次の20年大会で恥じ入ることがないよう,次の10年を精進していきたいと思います。
ちなみに,司法研修所で行われる司法修習の科目は5科目あります。
刑事裁判,民事裁判,検察,刑事弁護,民事弁護です。
裁判官志望であっても,検察官志望であっても,弁護士志望であっても,この5科目を履修します。
そして,司法修習の終わりに2回試験と呼ばれる試験を受けます。
これは,司法研修所の内部試験ではなく,立派な国家試験です。
この2回試験に合格すると,晴れて司法修習を終了し,実務家として歩み始めます。
弁護士志望であれば,この2回試験に合格しさえすれば良いのですが,裁判官志望であれば,この2回試験の成績が採否にも影響するとあって,大変な努力が必要になります。
そして,司法修習のクラスは,このように2回試験に合格しさえすれば良い修習生と2回試験でよりよい成績を目指す修習生が混在していて,就職組と進学組が混在する高校のようだという人もいます。
話はそれましたが,昨日,民事裁判で書いた,10年後の自分に宛てた手紙を渡されました。
そのような手紙を書いたことすら忘れていました。
「情熱は失っていないか。
月に1件ずつ国選事件と少年事件を受任しているか。
貧しい人々のために汗を流すような仕事をしているか。
稼いでいるか。
家族はできているか。」
10年後の自分。
どうしているでしょうか。

<<前のページへ678910111213141516

アーカイブ

このページのトップへ