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雑談

憲法記念日

今日は、日本国憲法が施行された記念日です。
憲法は司法試験の試験科目です。
憲法は、日本国憲法を中心とした法分野についての理解を問う科目です。
広い意味では、日本国憲法のみでなく、内閣法、国会法、裁判所法等の法律も憲法を構成すると解釈されています。
ただ、これらの法律の知識は、それほど必要ではありません。
私の受験生時代、憲法だけは評価がよかったです。
ですので、憲法は好きでした。
そして、私は受験生時代が長く、必然的に憲法の勉強も長かったので、日本国憲法に対する愛着もあります。
しかし、実務に就くと、日本国憲法はほとんど使わなくなります。
裁判で、憲法を議論することはありません。
ところで、私は、立憲主義的に考えれば、日本国憲法には、特にその9条において欠陥があると思います。
立憲主義は、専制君主制に対抗して生まれてきた考え方です。
国民の自らの自由を守るために、憲法というルールにより君主の統治権を制限するという考え方です。
その考え方に従えば、統治権はできるだけ小さい方がよいはずです。
大きな統治権は、それだけ国民の自由を侵害する危険性を持っています。
夜警国家等考え方が必然的に登場します。
国家は、国民の生命・身体・財産を守るために必要な最低限の統治権だけを有すればよいという考え方です。
すると、国家として最低限有しなければならない統治権は、警察権と国防権です。
その後、第1次世界大戦後のドイツと世界恐慌を経験し、自由放任主義的資本主義は破綻することを世界は学習しました。
生存権を基本的人権に加えた現代的立憲主義の登場です。
しかし、現代的立憲主義は、それまでの立憲主義を否定して登場したものではなく、それまでの立憲主義を発展させたものですから、統治権は国民の自由を侵害しないという夜警国家が原点にあります。
日本国憲法は、一切の戦争を放棄し、戦力不保持、交戦権否認を定めています。
憲法は、国家権力と国民との契約です。
この視点が、日本国憲法の改正をめぐる議論に欠けていると思います。

日本国憲法を改正するか否かの議論において、日本国憲法を改正しないという議論をする方は、アジア諸外国が驚異に感じることを論拠にあげる方が多いです。
しかし、日本国憲法は、諸外国との約束である条約ではありません。
日本国憲法は、日本国民と日本国政府との約束です。
国民が日本国政府に何をすべきと義務づけるのが相当かという観点で議論するべきです。
日本国憲法の読み方次第では、日本国政府は、日本国民に対して、外国の侵略行為があっても、日本国民の自由保持の前提となるその生命・身体・財産を守ることはしないと宣言していることになります。
これでは、国家としての体裁を整えてないといわざるを得ません。
日本国憲法9条があるために、日本が戦争に日本国民を派遣しなくてすんだということはあると思います。
日本は、アメリカ合衆国の同盟国です。
そして、日本国憲法は、アメリカ合衆国の意向に従って制定された規範です。
朝鮮戦争において、ベトナム戦争において、湾岸戦争において、イラク戦争において、日本の軍事組織が派遣されなかったのは、日本国憲法の存在を無視できないと思います。
なぜなら、日本の軍事組織の派遣を要請するとすれば、その足かせとなる日本国憲法を制定させたのはアメリカ合衆国にほかならないからです。
これらの戦争に、日本の軍事組織を派遣せずにすんだのは、日本国憲法のお陰でしょう。
しかし、日本国憲法があっても、外国の侵入を防ぐことはできないと思います。
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