熊本の弁護士|交通事故,離婚の山崎法律事務所

刑事事件

熊本第1号

明日、熊本地方裁判所で、第1号となる裁判員裁判があります。
罪名は、傷害致死です。
傷害致死というのは、簡単に言えば、死ぬとは思わなかったのに、蹴ったら当たり所が悪くて死んでしまったということです。
これに対し、殺人というのは、死ぬだろうと思って蹴ったら死んでしまったということと説明できます。
ただ、この事件は、私が担当する事件ではありません。
私が今担当している被疑事件が起訴されれば、裁判員裁判になるかもしれませんが、話題性はもうなくなっている頃でしょう。
ところで、私の事務所は、電話や訪問で営業の人が来ます。
そういう営業の人から、「裁判員裁判で弁護人は有利になるでしょう。」と言われたことがあります。
私は、即座に「そんなことはありませんよ。」と答えました。
裁判員裁判の対象となる事件は、殺人などの重大な事件です。
ここで、殺人を例にして考えてみると良いかもしれません。
日本は、ありがたいことに、平和な社会を維持しています。
明治10年(1877年)の西南戦争を最後に、内戦は起こっていません。
また、昭和20年(1965年)の終戦を最後に、外国との戦争も起こっていませんし、戦闘行為に参加もしていません。
そして、仇討ちも明治6年(1873年)に禁止されています。
このような社会においては、「人を殺すことは絶対に悪いことだ。」と教えてもはばかることがありません。
これは、戦前の軍国主義的教育や武士道と呼ばれる教育が、人を殺すことを必ずしも悪と教えていなかったことと好対照といえるでしょう。
詳しくはわかりませんが、銃を持つことを権利と考え、世界各地に軍隊を駐留させている米国では、「人を殺すことは絶対に悪いことだ。」と教えることは、米国内では矛盾を生じさせるような気がします。
話が大きくそれましたが、裁判員になる方は、ほとんどが戦後の「人を殺すことは絶対に悪いことだ。」という教育を受けてこられた方です。
そして、このような社会では、人を殺した人を身近に見ることはまずありません。
裁判員にとっては、被告人席に座る人しか、人を殺した人を見たことがありません。
裁判官は、職業として、その被告人以外にも、人を殺した人を見てきています。
そのため、裁判官は、比較ができます。
この被告人はあのときの被告人よりもいいとか、あのときの被告人よりも悪いとか。
しかし、裁判員にとっては、目の前にいる被告人がすべてです。
裁判員には、「人を殺した=絶対に悪い」の式しかありません。
これまでの他の裁判所であった裁判員裁判の判決を見ると、やはり重罰化の傾向はあると思います。
裁判員裁判では、そうでない裁判に比べ、刑が重くなる傾向にあると思います。
弁護人には不利だと思います。

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