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雑談

大学祭の季節です。

大学祭の季節になりました。
熊本にある大学もこの3か日で大学祭が行われます。
私の出身大学である熊本大学でも大学祭が行われます。
熊本大学の法学部・文学部・教育学部がある黒髪北キャンパスで行われる大学祭を熊粋祭(ゆうすいさい)というそうです。
私が在学していたときには黒髪祭(こくはつさい)といっていました。
黒髪祭は、簡単に言うと、黒髪キャンパスが深夜営業の飲み屋街と化する期間です。
私は、熊大学生寮に住んで、志法会というサークルに所属していました。
熊大学生寮は、男子棟は「寒椿」、女子棟は「落陽」という模擬店を出していました。
それから、志法会も模擬店を出していました。
学部学生時代のこの時期は、とても忙しい時期でした。
ところで、私が学部2年の時、志法会で模擬裁判をしました。
題材は、名古屋安楽死事件(名古屋高裁昭37年12月22日判決高刑集15巻9号674頁)でした。
これは、
被害者は被告人の父親(当時52歳)でしたが、被害者は1951年(昭和26年)に脳溢血で倒れ、1954年(昭和29年)から全身不随になり、61年(昭和36年)頃から悪化し、上下肢は曲げたままで、少しでも動かすと激痛を訴えるようになり、その上しばしば「しゃっくり」の発作におそわれ、息も絶えんばかりに悶え苦しみ、「早く死にたい」「殺してくれ」などと叫ぶようになりました。被告人は、そのような父の言語に絶した苦悶の有様を見るにつけ、子として堪えられない気持ちになり、また医師からももはや施す術もない旨を告げられたので、むしろその願いを容れ病苦から免れさせることこそ、父親に対する最後の孝養であると考え、その依頼に応じて父親を殺害しようと決意し、牛乳に自家用の使い残りの有機燐殺虫剤少量を混入し、事情を知らない母をして父親に牛乳を飲ませて殺害した
という事件でした。
これに対して、名古屋高等裁判所は、この行為が犯罪として処罰されない条件として、
(1)病者が現代医学の知識と技術からみて不治の病に冒され、しかもその死が目前に迫っていること、
(2)病者の苦痛が甚だしく、何人も真にこれを見るに忍びない程度のものなること、
(3)もっぱら病者の死苦の緩和の目的でなされたこと、
(4)病者の意識がなお明瞭であって意思を表明できる場合には、本人の真摯な承諾のあること、
(5)医師の手によることを本則とし、これにより得ない場合には医師によりえないと首肯するに足る特別な事情があること、
(6)その方法が倫理的にも妥当なものとして認容しうるものなること。

の6個を挙げた上で、被告人の行為は犯罪として処罰されないと言うことはできないとして、被告人に対して懲役1年執行猶予3年の有罪判決を下しました。
この模擬裁判では、篠倉満助教授(当時)の指導を受けて練習したり、裁判所に裁判傍聴に言ったり、熊本地方裁判所に法服を借りたり、熊本刑務所から刑務官の制服を借りたりしました。
熊本地方裁判所に法服を借りに行ったときには、書記官さんが前例がないということで右往左往したり、熊本刑務所に制服を借りに行ったときにはちょうど昼食前で、課長さんみたいな人が昼食を試食しながら担当官からメニューやカロリーの説明を受けているのを見ることができたり、学生ながら興味深い体験ができました。
被告人も実際に手錠をして入廷しました。
この模擬裁判が、読売新聞の熊本版と熊本県民テレビ(KKT)で報道されました。
ところで、この被告人役の学生の親戚が島原にいたそうです。
そして、KKTは、島原でも見ることができるそうです。
この学生の手錠姿を見て、この親戚の方はとても驚かれたそうです。
この被告人役の学生は、その後警察庁に入庁して、在外公館に出向することもあるそうです。
ちなみに、私は、検察官役でした。

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