熊本の弁護士|交通事故,離婚の山崎法律事務所

雑談

人の死

今日は、身近な身内に不幸があり、相談の予約をされたり、予約をされようとされた方々や打ち合わせ予定であった方々にご迷惑をおかけし、誠に申し訳ありません。
心よりお詫び申し上げます。
さて、法律では、人の死を様々な場面で取り上げています。
この法律の中で、人の死を厳格に取り上げているのは、刑法の分野でしょう。
刑法では、生きている人に対する攻撃は、暴行、傷害、殺人などの犯罪を構成しますが、死亡している人に対する攻撃は死体損壊となるだけです。
例えば、人の胸に包丁を突き立てる行為であっても、この人が生きていれば殺人行為といえますが、この人が死んでいれば死体損壊行為となります。
ですので、刑法の分野では、人が生きているか死んでいるかはとても重要な問題といえます。
この人が生きているか死んでいるかの客観的な基準に3兆候があります。
呼吸が停止し、心拍が停止し、瞳孔反応がないことです。
この3兆候は、人の生死を判断する大きな要素となってきました。
ただ、脳死者からの心臓移植を実現するという検知から、脳死をもって人の死としようという議論が起こってきました。
このような議論が起こると、脳死が起こってから心肺停止が起こるという誤解が生じやすいようです。
私は学部のゼミで脳死を扱うまで、脳死が起こってから心肺停止が起こると思っていました。
脳死は、人工呼吸器などの生命維持装置をつけた場合の特異な環境の元で起こる現象のようです。
自然的には、まず心肺が停止し、次に脳機能が停止するそうです。
そのときに、人は何を思うのでしょうか。
身近に蘇った人がいないので、私にはそれが分かることはありません。

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