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雑談

宗教的行為、習俗的行為

昨日の「節分」に対するPC版でのコメントで、宗教上の理由で節分ができない生徒さんがいたため、学校で予定されていた節分が中止になったというお話がありました。

私の出身高校は、交換留学生を受け入れていました。
同級生にユダヤ系米国人が留学生としていました。
当然にユダヤ教徒でした。
私の高校は、現在では違うようですが、鉄道で名古屋まで行き、中部地方を横断して福井県の永平寺に行き、永平寺に泊まって、早朝3時には起こされて座禅を組ませられます。
宗教上の理由で座禅を組みたくない生徒は、門前にある旅館に別に宿泊できるようになっていました。
私は座禅をしました。
そして、後日、卒業アルバムには、ユダヤ教徒である留学生が座禅を組んでいる写真が載っていました。
ユダヤ教は、唯一神以外の神を信仰してはならないとされる宗教だそうです。
きっと、その留学生は、宗教的行為としてではなく、日本文化を体験する一環として、座禅を組んだのでしょう。

ところで、基本的人権の尊重は、たった1人の自由・権利であっても大切にするという考え方だと思います。
節分を中止した学校が、1人だけの生徒でも、その権利を尊重しようという発想だったのであれば、素晴らしいことだと思います。
節分を楽しみにしていた生徒さんもいらっしゃるでしょうから、学校は節分を中止した理由を説明し、生徒さんに基本的人権の大切さを考える機会を提供したことでしょう。
しかし、事なかれ主義で節分を中止したのであれば、生徒の皆さんが基本的人権とは何かを考える機会を無駄にしたように思います。

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