熊本の弁護士|交通事故,離婚の山崎法律事務所

雑談

神の見えざる手

ナズナ想の更新の間隔が開いてしまいました。
忙しいんですかとよく尋ねられます。
正直忙しいです。
熊本県弁護士会副会長と日本弁護士連合会刑事弁護センター委員をさせていただいていますので、通常の業務以外の仕事があることも原因です。
今日も、午後2時から午後5時まで熊本県弁護士会館に常駐して、市民窓口の対応などをしました。
それ以上にご相談やご依頼くださる方のお陰で忙しくさせていただいています。
ありがたいことだと思っています。
さて、司法試験の合格者をどうするのかという議論が最近また盛んになりつつあります。
裁判官と検察官の採用人数はほとんど増えていませんので、司法試験の合格者の増加はそのまま弁護士の増加につながります。
弁護士の増加を主張する方々は、弁護士が増加しても自然と淘汰されて国民の利益に適う状態になると言われます。
学識経験者と言われる方の中にもこのような主張をなされる方がいらっしゃるようです。
ところで、アダムスミスの「諸国民の富」という書物の中で、自由放任の経済の中で自然淘汰という「神の見えざる手」により国家経済が発展し国民生活が豊かになるという理論を展開しました。
この理論は、ロシア革命と世界恐慌により、その破綻が裏付けられました。
弁護士が増加しても自然と淘汰されるという理論も、この「神の見えざる手」と同じ理論のように思われます。
弁護士全員が横一列でスタートを切るのであれば、優秀な弁護士のみが生き残るということもいえるかもしれません。
しかし、現実には、1年目の弁護士もいれば10年目の弁護士も、20年目の弁護士もいます。
依頼者、相談者の立場で言えば、あまり経験のない弁護士よりも、ご自身が依頼したり、相談したりしようとする法律問題について経験がある弁護士のところに行きたいと考えるでしょう。
安価な費用で依頼できる弁護士よりも、少しばかり金額がかかっても勝てる可能性が高いと考えられる弁護士に依頼しようと考える人は少なくないように思います。
つまり、自然淘汰にまかせていれば、経験の浅い弁護士は廃業の危機に瀕することになります。
他方で、人間には寿命があります。
経験豊かなベテラン弁護士はいずれ姿を消します。
これまでは、そのベテラン弁護士の元でイソ弁として修行をした弁護士がこの穴を埋めることができました。
しかし、今はイソ弁となることができない新人弁護士やイソ弁となってもそれは1つの就職に過ぎなくなってきています。
神の見えざる手に頼る司法改革が破綻するのは明らかです。

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