雑談
検察官が内閣総理大臣を逮捕できる?
ツイッターデモ「#検察庁法改正に抗議します。」は、現代における表現の自由のあり方を象徴しているように思います。
私が学生であった30数年前の憲法の議論では、表現手段を持たない大衆の意見表明の方法として、張り紙など、比較的費用がかからない手段の重要性を議論したことがあります。
しかし、ツイッターなどのSNSでは、張り紙などほど手間も費用もかけず、張り紙などよりも短時間で、より広範囲の、より多くの人々に対して意見を表明できます。
今回のツイッターデモは、検察庁法改正案の議決を阻んだのですから、その効果はたいしたものです。
ところで、「#検察庁法改正に抗議します。」に関連して、テレビに出演していた方の発言で気になったものがありました。
「検察官は総理大臣を逮捕できる。」
検察官は、内閣総理大臣を逮捕できるのでしょうか。
日本国憲法75条本文は、「国務大臣は、その在任中、内閣総理大臣の同意がなければ、訴追されない。」と規定しています。
簡単に言えば、閣僚は、総理大臣が同意しなければ、起訴されないという意味です。
そもそも、大統領制や議院内閣制というのは、君主ではなく国民が選んだ代表が、官僚・役人をコントロールすることにより、官僚・役人により国民の利益が侵害されることを防ぐための制度です。
すると、官僚・役人にとっては、内閣は目障りな存在となります。
そこで、閣僚を訴追することで、内閣の政策遂行を妨害する危険性があります。
このような事態を防ぐために、日本国憲法75条があると理解されています。
すると、日本国憲法75条は、閣僚を起訴するだけではなく、起訴の前提となる逮捕、拘留についても、総理大臣が同意していないときにはできないと規定していると理解されています。
そうです。
検察官は、閣僚を、起訴することだけでなく、逮捕することもできません。
では、内閣総理大臣はどうでしょう。
日本国憲法75条の「国務大臣」に内閣総理大臣を含むかどうかについては解釈が分かれています。
いわゆる諸説あります。
日本国憲法75条の「国務大臣」に総理大臣を含むと考えれば、内閣総理大臣についても、起訴されることも逮捕されることもないという解釈になります。
これに対して、日本国憲法75条の「国務大臣」に総理大臣を含まないと考えると、内閣総理大臣については、逮捕されたり、起訴されたりすることがあるとなりそうです。
しかし、話はそんなに簡単ではありません。
仮に、総理大臣が、逮捕されたり、起訴されたりするとなると、内閣の首長であるべき内閣総理大臣が閣僚よりもその地位が弱くなります。
そして、国民の代表で構成される衆議院が内閣総理大臣の進退を決めるべきであるのに、官僚・役人が、内閣総理大臣の進退を決めることにもなりかねません。
すなわち、日本国憲法75条の「国務大臣」に内閣総理大臣を含まないと解釈しても、検察官は、内閣総理大臣を、起訴することも、逮捕することもできないという解釈が一般的です。
ちなみに、田中角栄氏がロッキード事件で逮捕・起訴されたとき、「総理大臣の犯罪」と騒がれました。
ここから、検察官が内閣総理大臣を逮捕、起訴できるというイメージができたのだと思います。
しかし、田中角栄氏が逮捕されたとき、総理大臣経験者ではありましたが、現職の内閣総理大臣ではありませんでした。
そして、田中角栄内閣が退陣したのは、逮捕・起訴されたロッキード事件ではなく、田中金脈問題という政治問題でした。
従って、件の発言は、法学的には誤っているといえます。
久しぶりに、佐藤幸治先生や伊藤正己先生の「憲法」を引っ張り出しました。
今の司法試験受験生は、どなたの基本書で勉強しているのでしょう。