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雑談

温故知新

村山富市氏という政治家がいました。
村山富市氏が卒業した大分市立大分高等小学校は現在の大分市立金池小学校だということですので,私の小学校の先輩筋に当たります。
かつて社会党という政党がありました。
社会党は,野党第1党でした。
村山富市氏は,平成5年にこの社会党の委員長に就任しました。
同年の衆議院総選挙で過半数を回復することができなかった自由民主党は先見を取ることができず,野党になりました。
このとき成立した内閣が非自民内閣の細川護煕内閣でした。
社会党は,細川護煕内閣の与党になりました。
しかし,細川護煕氏は,平成6年4月,退陣しました。
そのとき,細川護煕内閣の与党内で社会党の影響力を低くしようとする動きがあったことから,村山富市氏率いる社会党は,次の羽田孜内閣の与党にはなりませんでした。
少数与党となった羽田孜内閣は,6月,退陣しました。
すると,55年体制以来対立していた自由民主党と社会党が手を結び,村山富市内閣を成立させました。
社会党としては,念願が叶って政権を獲得することができたのでした。
ところが,内閣総理大臣である村山富市氏は7月に開かれた国会の所信表明演説で,「よく聞いてください。」と前置きをして,「自衛隊は合憲,日米安保条約は堅持する」と発言しました。
社会党は,一貫して,自衛隊違憲,日弁安保条約破棄を党是としてきました。
それが,政権と獲得したとたん,この党是を捨ててしまいました。
この瞬間,社会党の凋落を予感したのは,私だけではなかったでしょう。
社会党は,その後,社会民主党となりましたが,社会民主党の勢力がどのようなものであるかは皆さんのご存じの通りです。
政治家,政党は,理想として政策を掲げ,これを実現するために政権を獲得するものです。
政権を取ったとたんに,掲げていた政策を捨てれば,支持者が離れていくのは当然です。
そんな昔話を思い出してしまいます。

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